トミタプロデュースでは、「メディア化」という概念を次のように定義して、長年にわたり企画・プロデュースを実践してきました。
「メディア化」とは何か?考えてみましょう
「メディア化」とは文字通り「メディアになる」という意味です。
では、メディアとは何か?
「メディア」とは、端的にいえばメッセージを入れる媒体(いれもの)のことです。例えばそれが何か書きつけたメモ紙でも、原稿ファイルが入ったUSBメモリでも、自分の面白動画を上げたYouTubeでも、メッセージを誰かに届けるために乗っけたもの・・・それがメディアです。
次に、メッセージとは何か?
「メッセージ」とは、あなたの気持ちです。もう少し正確には、誰かに伝えたいあなたの気持ち。
”メッセージ性の強い作品”なんて言い方があるように、メッセージと言うと大げさな立派なものを想像する人もいるでしょうが、立派かどうかは関係ありません。好き嫌い…といった趣味嗜好、快不快の感情などが基本です。それを誰かに伝えるのが「メッセージ」。
赤ちゃんが泣くのも、友達にお勧め映画を教えるのもメッセージ。
さて、ここまで腹落ちしたのなら、メディア化についてもう一度考えてみましょう。メッセージを入れて相手に届けるのに、紙、電波、ネットの媒体はすぐ思いつくでしょう。でももっと他のもの、例えば商品やお店などにも、それを作った人やオーナーのメッセージが乗っていると感じたことはありませんか?
「この商品作った人って、きっと○○○好きなんだろうなぁ~」
「この店のオーナー、ホント○○○な人なんだよね~」
そうだとすれば、その商品や店はメディアになってますよね? 商品や店が「メディア化」しているのです。
世の中には、メディア化しているものと、メディア化していないものがある
そう考えてみれば、世の中には「メディア化」しているものと、してないものがあります。
- 作家モノの○○と、一般の工業製品
- ディズニーランドと、普通の遊園地
- 個性的なオーナー店と、よくあるチェーン店
- フェラーリの車と、どこかの日本車
など…
性能・機能の善し悪しではありません。後者の方が優れた機能を備えていることはよくあります。
ここで言いたいのは、ディズニーランドにもっと凄い絶叫マシンを求めているのでないし、好きなマスターの店にはもっと新しい料理を求めているのでもないということ。ディズニーのメッセージ、マスターのメッセージを受けに行っている=「メディア化」しているということです。
Different is better than better!
違うことは、より良きより、より良きこと
トミタのメディア化論では、真っ先に「ファンクション(機能)」と「メッセージ」の話をします。
商品やサービスを誰かに受け取ってもらうには、まず「ファンクション」が基準以上なことが当然必要です。料理店なら、美味しい食事、適正値段、清潔さ、雰囲気、サービスなど。音楽の先生であれば、教える楽器や歌のレベル、音楽的な素養、生徒に分かりやすく教えるスキル、誠実な人柄、清潔で雰囲気のいい教室、適正値段などです。
一般的に、「仕事」つまりお金をもらって提供するサービスや商品となると、当然ライバルとの競争もありますし、お客様の満足度が大切なのはもちろんなので、提供側はもっと良い○○を提供しようと努力します。
もちろん、あなたの提供するサービスや商品もきっと素晴らしいに違いありません。それを、あともう少し良くするには、大変な努力や苦労が必要なことでしょう。しかし、そこまでして得られた「もう少しの改善」が、どこまで消費者の心を捉えられるか…微妙だと思いませんか? その改善競争を戦い切るには、大資本の方が優位だと思いませんか?
正確さやコストでは、AIやマシンと競っても人間は敵わない時代にすでに突入しています。
小資本、小組織、個人にとって優位性があるのは「個性」です。企画をするなら、「違い」こそに力を入れてコンセプトを磨き上げるべきなのです。
「個性って言われても、うちは(私は)普通だから…。他との違いで勝負などできない」
と思うかもしれませんが、そんなことはありません。
究極の違いは、あなたがやっているということ。あなたという人は、他の誰とも違うのですから。
「ファンクション」と「メッセージ」のバランス良き状態が理想
あなたを出すとは「メッセージ」を込めることです。
あなたが好きな世界観、嫌だと思うこと、快適に思うこと、頼まれてもしたくないこと…
などを、商品やサービスの隅々まで乗せていくことで、他にはないものになります。
「それはお客様とは関係ない。そういう売り手の趣味の押しつけは要らない」という人もいるかもしれません。今の消費者のニーズやトレンドを把握して、半歩先を予想して、マーケットに応えていくのがマーケティングだと。
トミタはこう思います。ファンクションはマーケットの求めに応える努力をできる限りする。一方で、メッセージはこちらの好き嫌い(=価値観)を1ミリもぶらさない。
当然ながら、価値観の合わない人には選ばれません。それでいいのです。それが良いのです。
世の中にはいろいろな人がいて、合う人もいれば合わない人もいる。合わない人を顧客に持ったら大変ですから。
ちなみに、ファンクションとメッセージを漢字一文字で表せば「理」と「想」。この二つのバランスが取れた状態を「理想」というのか!?と、天から降りてきたのが2016年の正月でした。詳しくはこちら。
プロデュースという仕事は一種の技術職
「ファンクション(機能)」のレベルアップは自分でも分かりやすいでしょう。しかし「メッセージ(個性)」を際立たせるのは、自分ではなかなかできないものです。
トミタは、長くラジオの世界で仕事をしてきて、普通の人が輝くスターになっていくのを何度も見てきました。その裏には、原石を見つけ、磨き、もっとも輝くカタチにカットして、最高のデザインの台座に据えて価値あるアクセサリーにする職人がいます。プロデューサーとディレクター、制作スタッフの導きによって、本人は欠点と思いコンプレックスだったことが魅力の根源になるなんてことはいくらでもあります。
話し手や演者だけでなく、スタッフや経営者になった人もたくさんいます。皆さん会ったときは、有名でもなんでも無かった人たち。しかし、プロデュースする側から見れば、彼らは初めからその才能や可能性が光っているものです。そして、その原石は誰にでもあるのではないでしょうか。要は、磨き方、カットの切り口、
メッセージ(個性)を良いカタチに整え、届くべき人に向けて情報発信し、ファンを得て持続可能にすること・・・それが「プロデュース」という仕事
しかしそんなことを企業や地域の人間が企画・運営するなんて果たして可能なのか?
もちろん可能です。それができる環境も人的なネットワークもすべて身近にあるのが今の時代です。
あと必要なのは、「プロデュースの技術」。必要な魅力を生み出し、また生み出し続ける環境を内部に育てていくこと。
お気軽にご相談ください。トミタプロデュースがお手伝いさせて頂きます。
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