森喜朗会長の東京オリパラ組織委会長辞任問題、もっと根深い問題は「根回し文化」ではなかろうか?
メディアプロデューサー、メディア化支援コンサルタント、トミタプロデュースの富田剛史です。
東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長の問題、ついに、辞任とのニュースが聴こえてきました。
そりゃぁそうでしょう。
ただ、この問題、もっと根深い日本の体質に関連しているなぁとも思います。
森さんの女性差別意識は明らかだし、反省しても変わらない。その点ではもうとっくに組織委員会も政府も結論は辞任と思っているのに、みんな言えないのは森会長を養護したいわけでも、たぶん忖度でもないでしょう。それは本当に次のなり手がいないから。
僕も森さんをそんなに好きなわけではないので、とくに養護するつもりはありませんが、森氏本人もその地位に固執しているというよりも、たぶんオリンピックをつつがなく実現するのに、本当に後任に適当な人がいないと思っているように思えます。
なぜか?
それは、彼の「根回し力」の強さです。
そして根回しに一番必要なものは何か?
それは「立てる顔」です。
根回し力にとって一番必要なこととは何か?
多くの日本人は、みんなが出ている会議で何かを決定したりはなかなかしません。
空気を読みあって会議終了を待ち、本当に物事が動くのは、個別の立ち話や、喫煙所や給湯室、または「よかったら軽く飲みに行きませんか…」などと言って場を変えてから。
一堂に会した会議の場で、議論を尽くして決めるのであれば、プロセスもはっきりするし、論理的であれ情緒に訴えるのであれ、みんなで落としどころを探れます。
個別ばらばらになったら、当然それぞれの立場や主張がまとまるはずはありません。
それがなぜ根回しでまとまるのか?
「議論の結果」のイエスではなく、彼に頼まれたら仕方ないと言う「人の顔」にイエスと言うからです。
議論の結果ならどうにもならない意見の人でも、こうした形でならメンツを潰さずに済みます。こうして貸し借りを積み重ねていくことで、しがらみがどんどん絡まっていきます。
この「立てる顔」に必要なのは「能力」ではありません。
肩書、年齢、学歴、職歴など、理屈抜きに誰々さんが言うなら…が成り立つこと。
そして、うまく事を収めれば収めるほど、さらにこの顔に「実績ボーナス」が加算されて、スーパー根回し達人が育つのでしょう。
日本人の根回し文化は、新時代の波でどう変わる?どんな人材が必要とされる?
この意思決定のプロセスは、男も女も関係ありません。日本人の国民的性質ですので、そうそう変わらないでしょう。
ただ、裏の合意形成のために「集う場」が、ちょっと変わってきつつあるのも確かです。
これまでその代表的な場が「料亭」と「高級クラブ」だったわけですが、コロナ禍で料亭も高級クラブもかなり厳しい。
そこに次々と押し寄せている新時代の波。SDGsの流れ、オンラインLIVEコミュニケーション。
もしかしたら少しずつ変わるのかもという気もします。
酒の場ではない社交の場を、雑談しながら合意形成していくのは、どちらかというと女性の方が上手かもしれません。
また、若手は男性もそういう雑談+議論にぜんぜん抵抗感がなく、さらにはClubhouseのようなネット上の「クラブ」に距離を超えてどんどん集っていきます。
日本では案外オープンなRoom以上に、クローズドなRoomの密談が盛んになりそうな気もします。
新時代のツールを使っても昔ながらの根回し上手は活躍しそうな一方で、国や言語の壁はどんどん低くなり外国人とディスカスすることも増えているのも事実。
今後のこの国でいい仕事をするには、日本人的な「メンツを大事にする合意形成能力」と、世界標準な「相手を納得させたり、感動させられるプレゼン能力」の両方を持つ人材が必要とされるんだろうなあと思いました。
こうやって徐々に時代は変わっていくのでしょうね。
いえ、この部分が変わったら、有史以来の日本の文化の大きな変化か。。。