メディア・プロデューサー、クリエイティブ・ディレクター トミタプロデュースの富田剛史です。

6年前、2019年の夏に、私はこんな記事を書きました。

2045年の夏、世界は日本を祝福するだろうか

第二次世界大戦から100年。
日本が戦争による戦死者を一人も出さずにその日を迎え、世界中から祝福される。

そんな少しばかり未来の夢。

その頃、残り20年となる2025年頃から、非戦100年を意識するのではないかと思っていました。

しかし、現実の2025年、そして2026年は、次の世界大戦の「戦前」なのではないかと思うくらい紛争が続いています。日本初の女性首相の誕生が、戦う国への流れに拍車をかけています。

世界から戦争を無くす方法、何か思いつきますか?

そんな世界を見ながらも、私はつい好奇心から自らに問うてしまいます。

人類はいつか、戦争をなくすことができるか?
もしくは、世界から戦争を無くすにはどうしたらいいか?

あなたはどう思いますか?

僕の考えはこうです。

戦争の原因は、突き詰めれば「人に感情があること」ではないか。

  • 人は怒る。
  • 誰かを嫌い、憎む。
  • 誰かを妬み、恐れる。

そうした感情が人を動かし、集団を動かし、国家を動かす。

もちろん、人に感情があることは素晴らしいことです。だからこそ人間です。

  • 人は喜ぶ。
  • 誰かを好きになり、愛する。
  • 誰かに恋焦がれ、自らを犠牲にしてもいいと思う。

でも考えてみれば、それも戦争がなくならない根本原因に違いありません。

では、やっぱり戦争を無くすことはできないのか?

いや、できなくはない・・・と僕は思います。

日本国憲法9条の素晴らしさ、そして不足していること

もちろん、人間から感情を取り除くことはできないし、すべきではない。でも、感情をコントロールすることはできるでしょう。

嫌い…だけど、仕方ない。憎い…けど、諦める。

諦められない感情もあるけれど、それを「殺す」ではない形で昇華する方法を人類はずっと探っています。少なくとも中世よりは少しはマシになっていると思います。

まずは有無を言わさず武器を無くすこと。秀吉の刀狩りや徳川幕府の一国一城令、参勤交代、入り鉄砲の取り締まりなど、平和は軍縮から実現するものだと歴史も証明しています。

そういう意味で、かの憲法9条はやはり画期的だなと思います。たったの2項、3文の短い文章。

日本国憲法 第9条

日本国民は正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては永久にこれを放棄する。

前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力はこれを保持しない。国の交戦権はこれを認めない。

たったのこれだけ。すんごい明快な名文です。あまりの名文に筆ペンで写経してみました。覚えていつでも書けるようになるといいなと思って。笑

冒頭の一文は、「日本国民は」を主語として始まって、「永久にこれを放棄する。」と結んでいます。これは、自国民による「決意」ではありますが、<国際紛争>というのは自国だけでは起きないことを考えれば、この一文は日本国民のための独り言的なものではなく、国際社会に対する「宣言」であることは自明でしょう。

でも、疑問も湧きますよね。国際紛争を解決する手段としては武力を放棄するとして、一体何によって解決するのか?と。そこは一切書いてない。そんな宣言では穴の空いたオケで水を汲むようなもの。

だからこそ、こんなの無理… 改定するしかない… という話が出るわけですが、それではあまりに創意工夫が足りないし、81年前に味わった苦しみと深い反省が何も生きません。

だったら、「日本国民は、国際紛争を解決する手段として、武力以外による方法を誠実に希求する義務を負う」くらいのことを書いておけば、武力の放棄とその他の方法を考える義務のセットで議論できるのに・・・と思いました。

世界から戦争を無くすためのアクションプラン

そこで、試しに考えてみましょう。世界から戦争を無くすためのアクションプランを。

できるだけ感情論や理想論ではなく、少しでも実現可能性があるプラン。

基本思考として、私はこう考えました。

  • 人には感情があるし、争うことも人の性として無くせない。
  • 勝ちたい。認められたい。
  • 誰かより優れていたい。

スポーツでもビジネスでも、何においても、人間は競争する生き物である。

行動経済学的な発想ですが、人間を変えるのではなく、人間が向かう方向を変えるのです。

かつて国家は世界中で、

  • どれだけ領土を広げたか。
  • どれだけ強い軍隊を持っているか。
  • どれだけ敵を打ち負かしたか。

を競いました。

今は、

  • どれだけ経済が発展しているか。
  • どれだけ技術を持っているか。
  • どれだけ文化が豊かか。

を競っている。そこにもまぁ、いろいろ問題もありますが…

それはともかく、人のその性質を活かして

どれだけ長く平和を維持しているかを競う時代になってもいいのではないか、

と思うのです。

競争を否定するのではなく、競争する方向を変えたらどうだろうかと。

私は以前から、そのアイデアを勝手に「百年非戦国家のネットワーク」

Peace One Hundred Club

と呼んでいます。

戦争による死者を100年間出さなかった国だけが加盟できるクラブです。

昨年の今ごろにも、こんなブログを書いています。

世界で戦争のない未来はあり得るか?

メディア・プロデューサー、クリエイティブ・ディレクター トミタプロデュースの富田剛史です。 本日は2025年8月16日。80年目の終戦の日の翌日。アメリカではトラさん・…

そこにも書いた、サンマリノを最初のリーダーに、スウェーデン、アイスランドなど100年の非戦国を巻き込んで、交流の和を広げる。日本は最初は、企画ファウンダーかつ事務局としての参加です。

日本は2045年の正式加盟を目指しながら、事務局としてリーダーシップをとって多くの資金も出して、このPeace One Hundred Clubの加盟国の豊かさに貢献していく。

最初は1カ国かもしれない。それが数カ国になり、そして10カ国、20カ国と増えていく。

そこに加盟することで外交的にも、経済的にも、文化的にも大きな価値が生まれるようになったら、あと数年で加盟という国の国民は、加盟を望むようになるのではないでしょうか。

平和国家を長く続けること自体が競争の目的化して、そのウィナーに経済的にも国民プライド的にもメリットと称賛が世界から与えられるのなら、様々なことは好転していきはしないでしょうか。細かな制度や派生のプライズ・表彰対象はいろいろ考えられますが、ここでは割愛。みんなで考えましょう。

2045年の夏の夢、一緒に叶えてくれる人いませんか

2041年。「あと4年」

2043年。「あと2年」

2044年。「あと1年」

もし国民の多くがそう意識するようになったら。もし世界中が注目するようになったら・・・。

そこまで来て戦争しようと思うでしょうか。国民も、政治家も。

実行力のある政治家の皆さん、国際団体の皆さん、ぜひ実現へ向けて動き出しませんか。

まぁもちろん、そんなに簡単な話じゃないことは百も承知。このブログ一本で世界が変わるわけがない。

でも、年に一日くらい、考えてみてもいいでしょう。「世界から戦争がなくなる方法論」。

どんな世界を変えるようなアイデアも、最初は誰かの頭の中にしか存在しなかったはずだから。

どこかの誰かが読む→少しだけ考える→誰かに話す→また別の誰かが面白いと思う。

そんな小さな連鎖が起きたなら、それだけでも十分です。

2045年8月15日まで、あと19年。
2019年の私の予想は、今のところ多くの部分で外れています。

それでも、まだ終わっていません。

2045年の夏、
「戦争で100年間誰も死なせなかった国」が世界から祝福されることを、そしてその国が次の100年を世界とともに目指そうと宣言する日が来ることを願ってやみません。

皆さん、良いお盆を。

2026.8.15
富田剛史|とみたつよし