トミタブログ

正月に想う・・・生放送と収録番組 続考

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2013年が明けました。皆さまにとって今年が素晴らしい年となりますように。

トミタプロデュースも、皆さまが素晴らしい年を作るお役に立てるようがんばります。
どうぞよろしくお願い致します。

 

さて、年末に「生放送」と「収録番組」について考えてみたけど、

今日はその続きです。

 

生のエンターテインメントがもっと増えて、それが面白くなればなるほど、
世の中は良い方向にいくんじゃないか・・・

僕はそんな風に思っています。

 

生の大きな特徴は、その場所にその時間にいなきゃならないこと。

そしてその特徴が、地域を作り、コミュニティを作ってきます。

 

放送の場合は、場所は問わないかもしれませんが、それでも時間は共有している必要がある。

全世界同時生放送なんてことも無くはないけど、

まぁふつうはだいたい価値観を共有できる範囲に その放送は届くもの。

“コミュニティの中での同時体験”なのです。

 

あの日、あの時、あの場にいたかった!

あの時期に、あの場にいたい!!

そんな風に思える生のエンターテインメント(お祭りとか季節の風景なんかも含めて)は、まちを作っていく要です。

 

話は変わりますが、

「足るを知る」という仏教の教えは、時代のキーワードでもあります。

人間が何でも「蓄積」し「集積」し過ぎたところに様々な問題の原因があるように思えます。

 

食料問題もエネルギー問題も、自然の中にはないことを集積しすぎて起きています。

すごい栄養価の飼料で育った霜降り牛やフォアグラは確かに美味しいけど、

一流シェフの味を一瞬で再現できるレトルト食品は確かに便利だけど、

日々安定しない太陽や風力より原子力で発電した方が効率はいいのかもしれないけど、

そこに 頼り過ぎてしまうことには何か不安や違和感を感じているというのが、

いま多くの人の気持ちでしょう。

 

一方で、自然な成り立ちをしたものの中にある<本来の良さ>に気づくと

それまでの様々なことを見直したくなります。見え方が変わってきます。

 

やや暴論かも知れませんが・・・僕は、そういうことと同じ流れに、

生のエンターテインメントと、編集された収録ものとの違いがあるように思うのです。

 

PCやソフトの低廉化・高度化と、テレビの編集文化の影響が、

今後多くの一般の人の映像を、ものすごい「編集もの」にする可能性は高いと思うけど、

そればかりでは、マスメディアの一部の作り手に独占されていた映像メディアが

ようやく一般に解放された今を活かしきれないような気がしています。

 

要は、「生放送」の面白さを日々作るスキルをもっと広げる必要性を感じるわけです。

そして、みんなが、自分の住むまちで、面白い生放送=時間をどんどん生み出す、そんな時代になったら、さぞかし良いのではないかなぁと。
(ちなみに、集積しないってことは、大きなお金にはならないってことだけどね)

 

まぁそんなことを言っていても、実際にやってみないと分かりにくいので、今年は何か自分でも始めてみようかなと思ってます。

まずは実験的な形ででしょうが、ジブン放送局元年のスタートです。

一緒にやってみたいという人がいたら、ぜひ!

お気軽にご連絡ください^。^