久しぶりに東京で美術展に行ったらものすごく面白かったのでご紹介します。
六本木の国立新美術館で開催中の「ニキ・ド・サンファル展」。
「女性の強さ」を理屈抜きにポンと見せてくれる、そんな展覧会です。
女性の弱さを克服したいかのような若き日のニキ
ニキは、1930年、パリに生まれアメリカで育った女性。
1930年というと日本で言えば昭和5年。思春期に世界大戦を体験するという時代ですね。
20代前半にはフランスに移住。精神的に安定せず、その治療のために絵を描きはじめたのだそう。若い頃のニキの作品は怒りや不安や悲しみなどのパワーに溢れています。
その象徴とも言えるのが1961年に始めた「射撃絵画」。
黒田征太郎さんもびっくりなそのライブペインティングは、なんとライフルを撃って絵(?)を仕上げるという過激なパフォーミングアート。会場ではビデオで紹介されているのですがその様子は圧巻です。
壁のように立てたキャンバスに、様々なものが石膏によって張り付けられ固められているのですが、人形やオブジェや何かの入れ物などの中には色とりどりのペンキが仕込まれています。
すべてが石膏でまっ白なそのキャンバスに、若く美しいニキ・ド・サンファルが銃を向け、固唾をのんで静まり返る観客。次の瞬間ライフルの引き金が引かれ、銃声とともに溢れ出す色彩。
静と動、美女とライフル、白一色と溢れる色・・・その極端な対極表現は間違いなく刺激的であり、美術界でも賞賛されます。
しかし、後にニキの代名詞ともなるキャラクター「ナナ」の奔放で幸せな感じはまだまったくありません。
この頃のニキは、女性であることを拒み、克服し、男性をも唸らせるような過激な表現を求めて無理して戦っているようにも見えます。
女性であることを積極的に受入れて生まれ変わったニキ
そんなニキの作品が明らかに変化するのが、友人に子供が生まれてからです。
かなりの衝撃だったのでしょう。
「命を生み出す性」である女性・・・その強さは、「戦って命を奪う性」である男性の強さとはあきらかに違うということをハッキリ意識したように見えます。そして、ほどなくしてあのカラフルでポップなキャラクター「ナナ」のシリーズが生み出されていきます。
とにかく見てもらうのが一番早いけど、「ナナ」というちょっとおデブな女性の像は本当に生のエネルギーに溢れた可愛らしい作品。それまでのニキの作品とはまるで人が変わったようです。
あまりにポップなので「芸術」らしからぬ・・・と当時は批判もありそうですが、ナナの魅力はそんなところにあるのではないことをニキ本人がハッキリと意識していたことが、会場で流れている短いインタビュー映像からよく分かります。
なんて言っていたかメモれば良かったけど(誰かメモしたら教えて)、「現代は世の中がみんな男性的な頭でっかち競争思想にやられていてダメ。もっと女性の感覚的な力を取り戻さないと、男性自身も彼らの中の女性的な力を失って不幸になっている・・・」というようなことを言ってましたね。
ニキは「20世紀最初のフェミニスト作家」とも言われるみたいですが、もしフェミニズムというのが女性の社会進出〜男女同権的な思想だとすると、まったく逆でしょう。「女性の強さ」は「男性の強さ」とはベクトルがまったく違っていて、同質化も男性との競争もまったく興味な〜し!というふっきれ方がとても良いのです。
「愛と好きずき」。勝ち負けではなく好きなだけやる
この感覚は、ニキ自身もインタビューで「男性の中の女性感覚」と答えているように「男性」と「女性」と分けるようなものではないかもしれません。むしろ「論理と勝ち負け」を基本とする思考とは異なる「愛と好きずき」で行動する志向なのでしょうね。
そして、今世界は「グローバリズム」の名の下に「論理と勝ち負け」の発展思考によってますます“洗脳”されているので、今回のニキ展で50年も昔にニキが鮮やかに語り実際に形にしてくれた作品を見て妙に感動したわけです。
「エコ」も「平和」も「地方創生」も、「論理と勝ち負け」思考でいくら考えても答えを出すのは難しい。それが本当に成り立つにはニキ・ド・サンファルが示してくれた価値観を、今こそじっくりと考えてみても良いのではないかと思いました。元々日本人の感覚は、「論理と勝ち負け」思考では無かったのですから。
子育てみたいに考えてやりきった大事業
「愛と好きずき」で行動する志向・・・なんて言うと、「甘い考え」「ゆるい思想」などとレッテルを貼られそうですが、ニキの行動力を見ればそんなことは言えません。
彼女は自らの理想の世界観を表現するためイタリアのトスカーナの某所に「タロットワールド」というニキの立体作品群を散りばめた公園のようなものを作ることを決意。相当に大きな資金がかかったはずですが、その資金を作るために家具のデザインやら企業のデザインやら…細かいことは忘れたけどとにかく自力でお金を稼ぎ、その金をすべて「タロットワールド」建設につぎ込んで20年近くかけて完成させるのです。恐るべきエネルギー!
会場では映像が流れていますが、非常に面白い空間で、ニキファンならみんな行ってみたいと思うはず。オープン後は入場料でさぞ潤ったのかと思いきや、なんとニキ本人の意向でトラベルガイドなどには一切掲載拒否、設備保全のためにオープンするのは年に数ヶ月、しかも昼間の数時間のみ・・・という客に来てほしいのか欲しくないのか分からない営業ぶり。
そうです、ニキは別にビジネスとして「タロットワールド」を作りたかったのではなく、純粋にその世界が作りたかったわけです。好きなことをただ好きなだけやる。まったく恐れ入ります。
でも、子供を育てするようにニキがこの「タロットワールド」を20年も育ててきたんだろうなぁと思うと分かるような気がします。<経済効果>で子育てするわけではありませんよね。
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・・・まぁそんなややこしいことを考えずとも、単純に楽しめる「ニキ・ド・サンファル展」ぜひ行ってみてください。おススメです。
12月14日まで。六本木の国立新美術館にて。