トミタブログ

SDGsって遠い話?世界の店がすべてチェーン店になる日を想像してみよう

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前回のブログで、SDGs・・・2030年に世界が目指すべき未来の姿 のことについて書いたところ、各方面から案外反響がありましたので、調子に乗ってもう1本書いてみます。

今日はクリスマス・イブ。少し世界の未来に想いを馳せるのもいいかなぁ…なんて。

SGDsは発展途上国支援や環境保護のボランティアの話…というイメージを払拭しよう

さて、前回のSGDsのブログへの反響で、僕にとっては意外なことだけど、「ふーん、案外多くの人がそう思うのか〜」と思わされた意見があります。
「SGDs…大事なのは分かるけど、自分の暮らしにも余裕がないので、そんな地球のためとか外国へのボランティアなんて考えられない」
というもの。

SGDsというと、「国連」「ボランティア」「発展途上国支援」みたいなイメージが強くて、青年海外協力隊的なことなのだろうと思うようですね。
なーるほど。
前回のブログの最初にJICAや環境省と仕事の関係があって…と書いたからかもしれませんね。でもそうでなくても「SDGs=自分とは遠いところの問題への貢献の話し」と思っている人はずいぶん多いのだろうなぁと思いました。

でも、僕はちっともそうは思いません。
誰かに【搾取】され、【貧困】や【悪環境】や【機会】を奪われているのは、発展途上国の子どもたちばかりでなく、実はあなたや私なのだということを実感しないと、すべきことが見えてこないでしょう。

「A街」は有名チェーン店の街、「B街」は個性派個人店の街、あなたはどちらが好き?

ほとんどが、みんなが知っているブランドのA
とある街「A」のことを想像してみましょう。

その街のお店はほとんど、みんなが知っている名前のお店です。

カフェも居酒屋もファーストフードも、蕎麦・うどん・ラーメン屋も、牛丼屋・天丼屋も、回転寿司もレストランも飲食店のほとんどはチェーン店
昔からやってる個人店も少しありますが、古くて内容もイマイチでどこもお客さんはポツポツ。流行っていません。

普段の買い物はみんなスーパーやコンビニでしています。古い商店街はシャッター街です。
ショッピングモールには大型家電店もありますし、ファストファッションから高級ブランドまでお店が入っていて、一日家族で過ごしているひとが多いです。

ドラッグストアやディスカウントショップ、100円ショップ、ホームセンターもあります。
そこで買うものの多くは、有名メーカーが作ったものや、みんなが知っている流通企業ブランドで売るPB商品です。
すごくおしゃれなのに値段は安い有名家具店もありますし、シネマコンプレックスもあって話題の映画が楽しめます。

駅前に並ぶサービス提供店や学びの教室などもみんな有名企業リラックス・マッサージも語学教室も学習塾もみんな名前を聴けば誰でも知っています。

街をちょっと歩けばテレビなどで宣伝している有名な商品やサービスにどんどん出会えます。不便は何一つありません。たまにちょっと変わったものが欲しいというときは、ネット通販で買えば何の問題もありません。

住民のほとんどは勤め人です。電車で時間をかけてどこかの会社に通勤し、給料をもらって生活しています。

地域のお店やサービスを支えているのは、アルバイト、パートが多く、最近は外国人が非常に増えてきました。最初のうちは問題もかなりありましたが、今では彼らがちゃんとサービスできるようにマニュアル化が徹底されています。

その人が頑張れば報酬も上がり、逆に仕事しない人は報酬が少なく…と同一労働同一賃金の原則がシステム化されており、昔のような現場責任者の人的裁量でひいきやいじわるなどの不満は非常に少なくなりました。日本語の研修や日本の慣習に慣れる教育も徹底されています。

また外国人のみならず、経験のない人や高齢者や障害者への研修やそれぞれができることを活かせるマニュアル化も進み、どんな人が対応してもAIとIoTを駆使して均質なサービスを提供できるようになっているので安心です。
地域ブランドや個人店だらけのB
一方、別のとある街「B」には、他の街では見ない名前のお店がたくさんあります。

カフェも居酒屋も、ハンバーガーショップや蕎麦屋、うどん屋、ラーメン屋、天ぷら屋、寿司屋、レストラン・・・個性的なお店がそれぞれ違うファンを持って賑わっています
一部チェーン店もありますが、あまり元気とはいえません。何屋さんにしても、流行っている店、笑い声が聴こえる店はほとんど個人店です。

スーパーやコンビニももちろんありますが、商店街も元気です。八百屋、魚屋、肉屋、米屋、パン屋、豆腐屋、酒屋・・・みんな地元の物を中心にこだわりの品揃え
値段はスーパーよりも少し高いものが多いですが、品の良さや安心さを考えれば安いものです。ふれあいイベントなどもしょっちゅうやっていて、会話があるから人が繋がっていきます。

サービス提供店や学びの教室なども、実に個性的な個人店揃い
マッサージ、エステ、ネイルサロン、ヘアサロン、料理教室、音楽教室、絵画、ダンス、外国語、ヨガ、パソコン教室・・・どのお店や教室も、オーナーが自分で始めたもの。支店を何店か持つ店はありますが、全国チェーン化しようとは思っていないようです。自分が教えたり手を動かしたことにお客さんが喜ぶのを直接感じられるのが好きな人が多く、現場にいたい気持ちが強いのです。

そんなB街にはお客さんも個性的な人が集まってきて、やがて住みはじめる人もいます。そんな中から新たに自分も何かを始める人もいます。
飲食店やサロンなどばかりじゃなく、手作り家具店や映画館を新しく始めた若者もいます。

B街は、テレビでガンガン宣伝しているブランドやお店は少し少なめですが、個人店が充実しているので不便はまったくありません

住民には外に働きに行っている勤め人も多いですが、地域の中で働く自営や小さな会社を経営する人が徐々に増えてきました

お店やサービスを支えるのは、オーナー自身と共にアルバイト・パートで働く地域の人です。とはいえチェーン店のアルバイトとはまったく違います。個性店の仕事はマニュアル通りではうまくいかないので大変ですが、大変な中にやり甲斐や楽しさがあり、また自分が何か始めたいと思っている人には勉強の場でもありますから一生懸命です。

A街とB街、目指す未来の姿としてはどちらがゴールか?

さて、Aの街とBの街、あなたはどちらがお好きでしょうか?

Aの街が増える世界と、Bの街が増える世界と、どちらが目指すべき未来の姿=「未来のゴール(SGDs)」だと思いますか?
A街でもB街でも、不便なく安全安心に暮らせるならどちらでも問題ないように思いますか?
もうお気づきかもしれませんが、その中身はまったく違います。

全国企業/多国籍企業の側から考えれば、A街が増えるほうがいいでしょう。いや、いい悪いというよりも、全国企業/多国籍企業が大きな力で一生懸命企業努力を続けると、A街が増えていくといったほうが正確かもしれません。

しかし、A街の未来は無理があると思いませんか?
A街の住人であり消費者である人たちは、いつまでも電車に乗っていい給料が貰える会社の仕事があるのでしょうか?

今後ますます、AIやロボット、IoTの発展で、単純労働はもちろん、オリジナリティの低い仕事しかできない人の仕事はなくなっていくことは明らかです。

また技術は発展途上ですから、ここ数年では機械化が効率が悪い仕事は、極めて低単価で働く人間の仕事になるでしょう。その「低単価労働者」として、昔であればこの国の仕事にあまり従事しないような人材が、AIやロボット、IoTの発展でどんどん活用できるようになっているのが現代です。スキマ時間の活用とニーズのマッチング、高齢者や女性・障害者など腕力や体力が無くても仕事ができる仕組みなどです。

しかし、その仕事自体はそもそも彼らのために考えられたことではなく、さらに技術が進歩すれば「昔はそんなことも人間がやっていたね〜」ということにすぐになるでしょう。
「宅配便を人が各家に運んでた?居ないと不在票が入って、また人間呼んで届けてもらってた?! え〜、ウソでしょ〜?」と若者が真顔でいうことでしょう。

実は、20世紀に最も乱獲され枯渇した資源・エネルギーは、我々の想像力と創る力ではないか?

いや、AIやIoT、技術の発展に文句はないんです。心から素晴らしいと思ってます。

でも、A街の住人の仕事が無くなると、A街のお店に入る人いなくなりませんか?
そうなれば全国企業/多国籍企業は撤退、また別の街にいって事業展開するのでしょうが、世界中の街がA街になったときのことを想像してみてください。

 

多様性が失われているのは、何も熱帯雨林やサバンナや海洋環境ばかりではありません。
いちばん身近な「街」から多様性が消えていくことは大きな問題だと感じます。

「持続可能な開発」といいますが、熱帯雨林で森林を伐採し、サバンナの希少動物や海の海洋資源を乱獲して来たのと同様に、20世紀の経済発展が奪ってきたのは、実は我々の「想像力」と「創る力」ではないでしょうか?

 

いまや、地方であっても都市住民の多くは、「誰かに雇われないで生きていくなんて無理」と思い、「生きるのに必要なものはすべてお金で買うもの」と思っています。そしてそれは現実でもあります。

畑を耕せるわけでも、釣りや狩りで家族を養えるのでもありません。

家で料理といってもイチからは苦手だし時間もありません。冷凍食品や◎◎の素は必須です。

手作りの洋服やバッグなど誰かに笑われそうです。

子供の教育も親ができることには限界があります。

自分で歌を作って家族にプレゼントしたりしたら、頭でもおかしくなったのかと言われそうです。

衣食住のすべてが、また教育やエンターテインメントなど楽しみごとまでも、お金が無ければどれひとつ買えない、享受できない・・・という現実。

でも本当にそうなのでしょうか?

自分が価値ある何かを自ら創り出すことができるという「想像力」と「創る力」とをすっかり誰かに奪われているだけではありませんか?

なぜそうなったのかといえば、その方がいい「消費者」になるからです。

自分で生み出す価値なんてツマラナイ。もっと素敵なものをお金で買おう!

考えなくても大丈夫!分からなくても問題なし!楽して解決しよう!

こうしてどんどん「想像力」と「創る力」とは個人から失われていきました。
私にはこの「都市」の状況は、熱帯雨林の資源やサバンナや海洋環境と同じように感じられます。

SGDsの「ゴール」として、自分で考え、価値を創り出し、仕事として継続できる人が増えていく・・・そんな未来の方向をイメージしておきたい

そんな中で、B街をよしとする人が増えてきているのは、私には頼もしい傾向のように思えます。

そして、B街がいくら増えても、全国ブランドが無くなることはありません。逆に、活力のある消費者が持続している状況こそが、結果的には全国ブランドにとっても良い状況になるのではないでしょうか。超がつく富裕層ではなくても、下支えする層が元気であることが大事に思えます。

B街で自立した商売をしている人たちのほとんどは、全国企業/多国籍企業の経営者や管理職のようにはお金持ちになれない人が多いでしょう。忙しく働く割に経済的な見返りが少ないのは残念ではありますし、稼ぐエリートからすると「可哀想な人」に思えるかもしれません。

しかし、人が仕事から受け取る報酬はお金だけではありません。
自分で価値を生み出し、自分の価値を受け取ってくれる人たちといい時間を過ごし、満足して生きられるのだとしたら、人生の過ごし方としてそちらの方がずっといいという人間は案外たくさんいるのです。
またそういう人間が増えていかないと、世界で誰もが年収”億超え”を目指す世界が「持続可能」になるとはどうも想像できません。

SDGs=2030年に世界が目指す未来の姿として多くの人がイメージするのは次のようなことでしょう。

「技術」と「資金」と「システマティックな仕事の進め方ノウハウ」を持つ全国企業/多国籍企業が、「想いはあるけどそういう事が苦手」という非営利組織やボランタリーな人たちと一緒に組んで、社会問題を解決していく…。

そういう「ゴールの目指し方」は一般の人にも分かりやすいでしょうし、マスコミもそういうネタに飛びつきやすい。2019年にますます話題になるSDGs系のニュースにはそういうものが増えるでしょうし、メディア露出でドライブがかかっていきそうです。

しかし私にはそれと同様に、もしくはそれ以上に重要なのが、「B街」を増やすことだと思えるのです。くどいようですが、結果的にはこの方向が、大きな企業にとっても自治体にとっても、きっと「持続する未来」に繋がっているのではないかと思います。

腹がへっている人は魚を欲しがるものですが、釣り方を教えないとずっと魚を与え続けねばなりません。「魚の釣り方を覚えたらうちの店に来なくなるだろ」なんて心配は御無用。自分で釣る魚だけで生きられるほど世界は単純じゃなくなっていますから。(ん?例えが分かりにくいか・・・苦笑)

とにかく、ちょっと面倒なようですが、自分で考え、自立した小さな商売を苦労しながらも楽しんで続けられる人をキープすることがWin-Winなのではないでしょうか。

私も関わっている「日本ママ起業家大学」のOGたちの活躍を見ていると、あながち不可能ではないのではないかと勇気づけられます。
2019年はこの活動をパワーアップし、徐々に地方にも、男性にも広げていけたらと考えております。

全国企業や行政の皆さんとも、この動きの助長をご一緒できたら嬉しく思います。

クリスマス・イブに、素敵な未来が来ることを祈って。

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