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大企業参勤交代時代の終焉。ポスト支店経済時代に、地方がどう変わるか?変わるべきか…。

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大企業参勤交代時代

メディアプロデューサー、メディア化支援コンサルタント、トミタプロデュースの富田剛史です。

今回は時代考の記事。日本の地方都市が今後どうなっていくか、構造変化を考えてみたいと思います。

この記事の読者を20世紀のことなどよく知らない若い人だと想定して、まずは昭和の終わりから平成の初めにかけて日本の経済がどうなっていたか・・・想像し始めましょう。

徳川幕府の名政策「参勤交代」は、大企業に受け継がれてきた

私が大学生の頃は卒業後はみんな大企業に就職するものだと思っていました。当時の大企業は、事業規模が大きな企業であると共に社員数が大きな企業だったからです。

今は大企業もどんどん人数を減らしています。AIとロボットが発展していく今後はますます拍車がかかるでしょう。新興企業はもちろん、古い企業だって生き残りをかけて、人員整理にやっきです。

さて、昔は大企業と言えば各大都市に支社、各県レベルに営業所があり、幹部の多くはいわゆる「転勤族」。3年から5年で様々な都市を渡り歩いていました。いわば「大企業参勤交代時代」。

徳川幕府の参勤交代は、各地の有力大名に数年おきに散財させることで、地方大名が力をつけることを防ぐと同時に全国の経済を活性化させる妙策でした。

一方、考えてみれば、大企業参勤交代も似たような効果がありました。

数年おきに勤務地を変えることで、本社中枢部は意図せぬ人間が組んで力を持つのを防げます。同じ場所に長くいないことで地域での力が個人に蓄えられることも防ぎ、社員は能力を<社内キャリアアップ>でしか使わないまま、いつしか「会社人間」になって、本社の「上様」が統治しやすい状況が作れます。

そして数年おきに支店長や支店の担当主要ポストを担う部課長クラスが変わることは、地方経済に持続的な活性化をもたらしました。

まさに、徳川幕府に習い、そのDNAを受け継いだ政策だったと言えるでしょう。

ではこの「参勤交代」が地方の経済とどう関わっていたか見ていきましょう。

日本の地方経済を支えてきた大企業の参勤交代

当時、大学を出て地方で就職するなら、地方都市の最大の就職受け皿である役所に入る、電力やガス、病院、学校などの準公共機関に入る、又は地方金融機関に入るあたりが多いパターンでした。

もちろん、数的には中小企業や個人事業主の方がずっと多い。飲食店、食品から機械まで小さな製造業や加工業、印刷業や包装資材、各種卸や小売業、理美容院などサービス業、税理士などの士業・・・。多くは、地方の優良企業や大企業の支社や支店からの仕事を請け負うことで回っていました。

そんなみんなにとって、最も大事な時期は「人事の季節」です。

数年に一度のブロック本部長や支店長の人事、その下の各担当部長・課長の人事をいち早く知り、祝電やお祝い品の贈呈、就任のご挨拶〜歓迎会、地元の人間関係のレクチャーなど大忙し。

赴任した側も、地元の行政や有力企業、業界団体のキーマン、地元マスコミへの挨拶など大忙し。部下をずらっと連れて、小さな大名行列です。

その後も、夏には暑気払い、お中元、秋にかけて地元のお祭りやイベントがあり、地元の良いお店にもだんだん顔が効き始めたら、クリスマス、お歳暮、忘年会、暮れの挨拶、正月の挨拶、新年会…そして春には新人事〜歓送迎会!

そこに「酒」と「ゴルフ」が絡みます。

わっと集まって、飲んで騒いで、お土産持たせて、移動して場所変えて、また集まって、飲んで騒いで・・・まるで、一年中お祭りのような日々。

転勤族はその街での数年の大名気分をより楽しもうと、本社勤め以上にわーっと盛り上がりやすい。
地域の人は、それが実際に仕事につながるとなれば、もちろんみんな真剣です。

「参勤交代」の支店長や担当部長を、地元企業や業界団体幹部がお神輿に乗せて、ホテルや料亭、高級クラブやバースナック、百貨店、お菓子屋さん、花屋さん、印刷屋さん、タクシーにハイヤー、運転代行などなど、みんなが一緒に神輿を担いでわっしょいわっしょい!数年おきに人が入れ替わりわーっ!と盛り上がり、常にフレッシュに経済を回していた。これが日本の地方経済を支えた大企業参勤交代時代のサイクルです。

この構造の変化がもたらす影響はメチャクチャに大きい!! と思いませんか?

実際には今も多少は残っていますし、「いや、コロナが終われば元に…」という気持ちは分からなくはないですが、残念ながらもう戻らないでしょう。

その時代にはもう戻らないという現実に向き合えるか

しかし何だか楽しそうですよね。「旧き良き時代」と言えなくもありません。

そんな「昔の日本」を懐かしく思い、それに近いわーっとした感じを「にぎわい」や「活性化」と言って取り戻そうと思う人が、地方の行政マンや商店街や町会の役員さんなどに実際にたくさんいらっしゃいます。

人間的な、血の通った、楽しい時代・・・でも、そのお神輿に乗っていたのはほとんどオジサンだったことを思うと、祭りの影で苦労した女性や子供たちもたくさんいたのは事実でしょう。いまSDGsでフィーチャーされいる、性的マイノリティや障害者にも、あまり生きやすい社会ではなかったのではないでしょうか。

そして、良い悪いはともかくとして、いよいよ昔とは「社会構造」が変わることには向き合う必要があります。

時代を支えた「大企業の参勤交代」の構造変化。大企業はどんどん社員数を減らし、地方の拠点を閉ざしています。ICTの発展がそれを可能にし、その方が合理性が高いからです。

そこに拍車をかけたのがコロナ禍。「うちの会社も変わらねばと思うけどなかなか・・・」なんて言っていたのが、一気に強制的に変わっていきます。

支社がなくなり、縮小された営業拠点には決済権のないマネージャー。挨拶回りもパーティも、中元歳暮もゴルフコンペも激減しますから、派生する仕事もなくなっていきます。

「旧き良き時代」をいくら懐かしがり、補助金を使って多少昔のにぎわいを創出できたとしても、大元の構造が変わっていく以上、持続可能なはずがありません。

小さくとも極めて個性的なスターを担ぎ、その魅力を地域一丸で外に届ける

なんだか辛い話ばかり…と思われるかもしれませんね。でも新時代は、悪いことばかりではありません。

昔と違って、大組織に属していなくても存分にいい仕事ができる時代です。ICTの発展、今後のAIやロボットの発展がもたらすのは、「個性的な小さな存在」…人でもロケーションでもそうした存在が、自分たちの魅力を本当に評価してくれる人と直接つながることができる可能性です。

全国企業の支店や拠点に頼れない時代には、エリア内で価値を生み出す人の育成と、その価値のエリア外への情報発信に、地域一丸になって取組むことではないでしょうか。

だからこそ、「どこにでもある地方都市」ではダメで、例えば写真や動画で一瞬見ただけで「あそこだ!」と分かる何かを大事にする必要があります。ビジュアルだけでなく、音でも物語でも味でも・・・そしてもちろん人も!大事なのは「他と違う個性」と「その地ならでは」のストーリー。

それは決して「みんなが好むもの」である必要はありません。むしろ、多くの人が「え〜」と言うようなものでもいい。特定の志向の人にとって魅力があるならば。
そのような小さな芽が、実際にあちこちで育ち始めているとは感じます。(2018年に書いたブログ

まずはその「個性の芽」を、特定の志向の人にとってより魅力的にコンセプトアップすること。

コンセプトがはっきりしたら、ビジュアルや音まわり、ネーミングやコピーなど、様々な手法を駆使してブランディングの礎をしっかりつくること。このときに昔からの「広告」の発想ではなく、本編そのものをプロデュースしていくことが重要です。

そして、それができたら、適切なターゲットに向けて発信を続けること。そのためには、どのメディアを選択し、どんな形で発信をするか・・・といったことが極めて重要になってきます。

そうしたたくさんの小さな個性がそれぞれイキイキと生きていければ、またそれに続く人が同じように輝きたいと思えるサイクルができれば、数年おきに交代する外部の力に頼るよりもずっと安定した地域ができるのではないかと思います。

地域の個性の芽を探す方法論、コンセプト作りから、ブランディング〜メディア化への道筋まで、よろしければ全力で当社がサポートさせていただきます。